北尾重政「艶本枕言葉」1図


元文4年(1739年)~文政3年(1820年)の江戸時代中期に活躍した浮世絵師・北尾重政(きたお・しげまさ)であり、北尾派の祖。鳥居清長と一代の画風を築いた絵師。師匠につかず、独学で絵を学び錦絵派の有力絵師としても活躍。後の喜多川歌麿や葛飾北斎にも影響を与えている。

町の湯殿図。黒摺りの良さがこの画を救っている。逸物を足に掛け背を流す男。湯の中で静かに抱き合う二人、当てられ手拭いで顔をかく、百人百態である。”ハイ御免なさいまし”と湯を汲む女、仕切り越しの向こうで軽石で踵をこする男、江戸風呂の混浴風景を画題に百態図を画いたもの。

右上図の窓に金網亀甲紋様の金網は現在も良く見掛けるものであるが、当時鎧金具、鎧の布部分の縫い方、動物の皮で作られた帳子等に堅牢を目的として存在していたから、これも防犯を兼ねた金網であったのであろう。

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北尾重政「艶本枕言葉」1図
北尾重政の「艶本枕言葉」の1図(Sサイズ)です。

 

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北尾重政「艶本枕言葉」1図
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