葛飾北斎5図


幕府御用達鏡麿師(かがみとぎし)の中島伊勢の養子と伝える。宝暦年間に生まれ九十歳没の浮世絵師・葛飾北斎(かつしか・ほくさい)の5図です。勝川春章門人。琳派、住吉派に学ぶ、既に鏡師宅に入った時点から北斎の天性は芽吹いていたことは容易に考えることが出来る。それは年齢的にも、また鏡師の職方としての工芸的な素質を求められるからである。

後世北斎風の画風を確立。風俗画、美人画、動植物画と画域は広くその画法は老齢に至るまで衰えを見せず、多くの絵師に影響を与えた。浮世絵師を美術の粋まで高め得た第一人者で、歌麿と共に二代双璧であった。

天保前後の「富岳三十六景」をはじめ多くの傑作を生み出した。北斎は浮世絵師の大半がそうであるように、若年の頃から春画を描いていたようである。当時、春朗と名乗っていた。ほとんどが無款と思われている。

”まらは麻布の一本松”で始まる狂歌まがいの文句がつけられている。一連の作はいずれも文化年間末期の作と思える。爪の描き方とか、腕足に描かれる横筋によって。

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葛飾北斎5図
葛飾北斎の5図(Sサイズ)です。

 

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